えびでんすべーすど

計量経済学の実証研究を紹介します。その他もろもろの備忘録にも使います。

ミクロ実証ってなぁに

 今回は、ミクロ実証という経済学の一分野がどのようなものかについてお話ししたいと思います。拙い文章ですが、どうか最後までお付き合いください。

経済学って…

そもそも経済学とはどのような学問なのでしょう?

若輩者の私がとやかく言っても何の説得力もありませんので、ここは天下の東京大学が経済学部のホームページでどのように経済学科を紹介しているのか見てみましょう。経済学科で学べることこそ経済学だろってことで、いざ。

www.e.u-tokyo.ac.jp

経済学科は、主として経済システムの動きを理解することに役立つ経済理論と、その応用としての政策問題を教育する。経済全体の生産活動水準や失業、物価上昇率、経済成長の決定要因に関する理論、さらにはそれらの経済状態をコントロールする政策に係わる分析は経済学科の重要な教育課題である。また学生は、様々な資源の配分パターンや所得分配のありかたがどのように決定されるか、またそれを社会的に望ましい姿に変更するためには、どのような方法があるのかをも学ぶ。 

 何やら難しいですが、経済学を構成するのは以下の3点のようですね。

  • 経済システムとその現象を説明する経済理論
  • 現実の経済現象を左右する政策とその周辺の分析
  • 社会的に望ましい状態を達成するための方法論

時系列で考えると、以下のようになるでしょうか。

  1. 経済理論から、社会の「こうあるべき」という姿が判明する
  2. その姿を達成するために政策が考案され、実行される
  3. 本当にその政策の効果があったのか、理論が現実に整合的なのかを分析し、結果を理論や手法へフィードバックする

これが経済学という学問体系です。

現在では、上記の1の領域は大学が、2の領域は中央官庁が、3の領域は大学と官庁の両方が担っています。実社会と密に関係を持ち、また持たざるを得ない学問分野であるといえるでしょう。

 

よく「経済学なんて机上の空論だ!役に立たない!世間を混乱させるだけだ!」みたいなことをいう人がいますが、そのような人は以上のような経済学の全貌*1を知らずに経済理論の話だけを見て声高に叫んでいるのでしょう。気にすることはありません。

 

ミクロ実証って…

経済学の全貌が分かったところで、まず計量経済学の話をしたいと思います。

計量経済学というのは、先の時系列の3に当たる分野のことを指します。つまり、実施された政策の効果を分析する際の手法を考える学問です。英語ではEconometricsと言います。

ところが、計量経済学というのもまた広範な分野を指す言葉です。計量経済学の論文として扱われた内容の例を以下にのべると、

  • 金融政策の効果分析
  • 女性の労働供給についての分析
  • スターバックスでのカロリー表示が売り上げにもたらした影響分析
  • バスエンジン交換についての分析

などなど。今や、経済事象に関してのデータ分析はなんでも計量経済学だぜ!みたいな感があります。*2

ということで、広範な計量経済学という用語は避けて、計量経済学の中でもミクロなデータを主に扱い、ミクロ経済学の文脈で語られるものをミクロ実証と呼びたいと思います。

といってもよくわからないと思うので以下に例をあげます。

 

 

MITのJoshua Angristという教授が書いたとんでもなく有名な

Lifetime Earnings and the Vietnam Era Draft Lottery: Evidence from Social Security Administrative Records

という論文があります。

これは、ベトナム戦争の従軍経験が生涯賃金に負の影響を及ぼすのかどうかを調べた論文です。

皆さんだったらどのようにこの分析をおこないますか?少しご自分で考えてみてください。

 

何か思いつきましたか?

おそらく、従軍した人と、従軍しなかった人とで平均賃金を比べる、というのが皆さん考えつくところだと思います。*3

確かにその分析で、従軍した人の賃金が従軍しなかった人に比べて低ければ、「従軍したことによって賃金が下がった」と言えそうです。

 

が、

 

そうは簡単にいかないのですね。なぜなら今回の状況では、「もともと賃金が高くない低スキルの人材が、食い扶持として従軍に参加した」という可能性が考えられるからです。もしこの状況が実際にあったとすると、仮に従軍した人と従軍しなかった人の平均賃金を比べて前者が後者よりも低かったとしても、それは純粋に「従軍した結果」ではなく、「もともと賃金の低いやつらが多く従軍した結果」も加味したものになってしまうのです。

 

計量経済学では、この種の問題を「内生性」の問題と呼びます。内生性の問題は、観察データの分析では必ずと言っていいほどに言及される重大な問題です。こいつをどうにか倒して、純粋な因果関係を抽出しなくてはなりません。そのために様々な手法が存在しますが、今回Angristが用いたのはInstrumental Variable (IV)と呼ばれる手法です。日本語だと操作変数法ですね。

 

操作変数法についてはまた別の機会に詳しく説明しますが、Angristはこの論文で「くじ引きでベトナム戦争への従軍が決定する時期があった」という事実に基づいて操作変数法を使用し、「ベトナム戦争への従軍が賃金を15%減少させた」という因果関係を抽出したのです。

 

どうでしょう?少しは面白いと思っていただけたでしょうか?

ミクロ実証はこのように身近な問題に対してデータを使って答える学問分野であり、その結果は思わず人に話してみたくなるようなものばかりです。

 

おわりに…

今回はミクロ実証の説明でした。この分野の面白さが少しでも伝わったら幸いです。

ミクロ実証は、近年のデータ集積に伴って急速に発展してきた学問分野です。それゆえに大学の学部レベルで教育を受けられる学校は日本ではまだ少ないのが現状です。

しかし、「役に立たない経済学」というイメージを払拭する分野でありますし、海外では学部レベルの授業も増えてきているので、今後の経済学のメインストリーム足り得るものだと思います。

データの扱いは社会での基礎能力ですし、勉強しておいて損はないのではないでしょうか。

 

このブログでは日本での経済学の地位向上のために、中高生や一般の社会人に向けて最新の実証論文の内容を紹介していきます。話のタネになるネタも多いとおもいますので、以降よろしくお願いします。

 

 

 

 

*1:もちろん経済学は先に述べたこと以上に深みと幅を持つ学問でありますので、先の3点で全貌というのは気が引けますが、とりあえず

*2:あくまで私の感覚です

*3:それ以外の方法を思いついた方すみません