えびでんすべーすど

計量経済学の実証研究を紹介します。その他もろもろの備忘録にも使います。

大輔は光宙(ぴかちゅう)よりも、結衣は音音(のんのん)よりも就職に有利? ②

 

こんにちは今日は履歴書論文の結果を書きたいと思います。

今回は経済学の実証研究でおなじみの表が出てくるので、その見方の説明もしたいと思っています。

 

では早速行きましょう。ラキーシャとハマルの運命やいかに…

 

結果を見る前に

さて、前回5000通の履歴書を実際に企業に送りつけたところまで見ました。

結果に入る前に、復習も兼ねてもう少し詳しくこの実験の概要を見ておきましょう。

 

科学的な方法論として、「二つの変数の関係」を抽出したいときに最も注意すべきことは「他の条件を等しくする」ということです。

他の条件を等しくして、関係性を知りたいたった一つの変数だけ変化させたとします。その時得られる反応の差は、変化させた変数によるものでしかありえません。

科学という枠組みではこのように二つの事象の間に因果関係を見出すのが普通なのです。

 

社会科学たる経済学でもこれは同様です。

今回の論文で興味があるのは、「選考の突破率」と「名前がアフリカンアメリカン的である」との関係性です。

そのために、資格や学歴、職歴、性別、出身地などの要素をほとんど同じにした上で、名前がアフリカンアメリカン的である人とそうでない人との選考突破率の差を見るということになります。

 

ところが、現実にはそんな都合のいい人がいないのです。

そこで、名前以外はほぼ同じ履歴書を大量に用意することになったのでした。

 

以上が基本的な論文のフレームワークですが、追加的な枠組みがいくつかあるので、そちらも紹介します。

 

こういった社会実験的な行いは莫大な費用と労力を必要とするものです。今回は5000通もの履歴書を作成したのですから、相当の労作だと思われます。

万が一にも、このフレームワークで明快な結果が出なかったら… 論文をジャーナル*1に載せることはできません。そうなれば作業員たちに謝礼金を払うこともできず、自身のキャリアも閉ざされ、暗黒の未来が始まります。

 

そうならないために、賢い経済学者はサブプランを用意するものです。

一つの調査でいろんなことを調べられるように、実験のやり方を工夫するわけです。

今回は主に以下の2つのサブプランを用意していました。

  1. 高スキル人材であることの効果を白人とアフリカンアメリカンとで比べる
  2. 産業種別や事業規模によって差別の度合いが異なるかを調べる

もしメインテーマがポシャっても、これら2つでなんとか論文を書いてやろうという気概が感じられますね。いいと思います。

 

では、以上の2つも含めて結果を見ていくことにしましょう!

 

結果

 下のTable 1を見てください。

本論文メインの結果はこの一枚の表だけから見て取れます。

f:id:econmet:20160114190452p:plain

1列目に注目です。

約5000通の履歴書全てに対しての選考突破率が、名前の種類別に表示されています。

1行目が白人的な名前の履歴書、2行目がアフリカンアメリカン的な名前の履歴書に対しての結果です。数字の下にある括弧の中にあるのは送った履歴書の総数です。

3行目は白人の選考突破率が、アフリカンアメリカンのそれに比べて何倍であったかを示し、 4行目が、その差を示しています。

 

4行目の数字の下に、なにやら括弧で囲まれた数値があります。

これはP値というものです。

P値というものをちゃんと勉強しようとすると大変なので、ここでは「小さければ小さいほど、差が存在することの真実味が増す」ぐらいの存在だと思ってください。

 

Table1からは、白人とアフリカンアメリカンとで差を見たところ、そのP値が極めて小さいものになっていることがわかります。

すなわち、白人とアフリカンアメリカンとで、選考突破率に差があることがデータから確認できたということになります。

 

今回確認された差は、白人系の名前だと3.2%だけ選考突破率が上昇する

というものでした。

3行目のratioにもありますが、もともとの選考突破率が低いので、これは白人系の名前の方がアフリカンアメリカンよりも1.5倍選考を突破しやすいということになります。

こう聞くと、この差がどれだけ大きなものであるかがわかりますね。

 

また、筆者はこの差をさらに分かりやすいものにするために、「白人系の名前であることが選考突破率を上げる度合いが、就業年数を何年増やすことに相当するのか」を算出しています。

ここにおいても、まず他の状況を同じにした上で就業年数のみを変えた履歴書同士で結果を比べて…という努力があるわけです。*2

 

結果は、白人系の名前である事は8年長く就業していたことに相当する効果を持つ

というものでした。

格差の大きさが実感できる数字だと思います。

 

ということで、筆者は見事にメインのテーマを示すことに成功しました。

アメリカの労働市場において未だ人種差別は存在していたのです。

 

メインテーマはこれにて終了ですが、先ほどのサブテーマはどうだったのでしょうか。

以下に結果を記します。

  1. 高スキル人材であることによる選考突破率の上昇分は、白人系の名前である時の方がアフリカンアメリカン的な名前の時よりも大きかった。
  2. いかなる産業分野、事業規模であれ、格差の程度に差は確認されなかった。

 

1について見るべき表は以下のTable 4です。

f:id:econmet:20160115005142p:plain

 Panel A と書かれた上半分だけ見れば十分です。

 

この表を見ていきます。

実は、サブテーマの1つめを検証できるように、筆者あらかじめ一つの会社に対して4つの履歴書を送りつけていました。

 

その4つとは

  • 白人系の名前で高スキル
  • 白人系の名前で低スキル
  • アフリカンアメリカンの名前で高スキル
  • アフリカンアメリカンの名前で低スキル

です。

 

冒頭から述べている通り、分析の基本は「他を同じにする」でした。

ここでは、白人系の名前同士で高スキルと低スキルとの差を取り、アフリカンアメリカンについても同様のことをします。

そうして得られた選考突破率をまとめたのが上に提示したPanel Aの、highとlowです。

そして、一番右端に書いてある数値が今比べたいスキルによる選考突破率の差、となっています。

 

白人系の名前ではスキルによって2%以上の差が生まれるのに対し、アフリカンアメリカンの名前では0.5パーセントの差しか生まれていません。

 

しかも、先ほどのP値の話を思い出せば、アフリカンアメリカンの名前ではP値が大きすぎるので、スキルによって差が生まれるということの真実味すら薄いということもわかります。

ということでサブテーマの1つ目もデータから結果を明快に出すことができました。

 

2つ目のサブテーマは、論文の本体ではなく付録に表が載っており、ここでは提示しませんが、同じように業種ごとに格差の程度に差がないことが示されています。 

 

おわりに

とりあえず、今回の論文紹介は以上にしたいと思います。

メインの結果を伝えることができれば十分だと思うのでこのぐらいでいいでしょう。*3

 

みなさんは結果を見てどう思われたでしょうか?

 

以外と大きな差別ですよね。

年代的には今から10年以上前の論文になるので、現状どうなっているかはわかりませんが、アメリカが抱える人種問題の根深さを感じさせる結果だと思います。

このように、社会に対する新たな知見や皆がなんとなくは思っていることを、事実として表舞台に引きずり出すことができるのがデータ分析の力だと思います。

今回の論文はその強さを端的に表した優れた例ですね。

 

さて、今の時代便利なもので、今回の論文も名称でググれば本論文をダウンロードすることができます。

詳細が気になる方はそちらの方をどうぞご自分でお読みになってください。高校生ぐらいなら十分読めると思います。

 

これ以上どんな詳細があるんや。なんて思う方も多いと思いますが、実はめっちゃあります。

私は実証研究を紹介する際に、メインテーマについての結果と、その周辺ぐらいしか紹介しませんが、実際にはその他無数の(論文の本文に記載されないものも含めると本当に数え切れないほどの)分析が一つのデータに対してなされるものです。

これは実証研究の結果に真実味を持たせるために避けて通れない道であり、むしろ研究者の本質はこういった細部をどれだけ詰められるかにあると思います。

 

ということで、研究者の涙ぐましい努力をご覧になりたい方は是非とも下記のリンクより本論文にチャレンジしてみてください。

http://www.uh.edu/~adkugler/Bertrand&Mullainathan.pdf

 

今回は以上になります。

お付き合いいただきありがとうございました。

 

また、やっぱり統計的な用語がわかってる方が解説もしやすいということに気がついたので、必要最低限の知識をまとめた記事を近いうちに作ろうと思いました。

おたのしみに

 

 

*1:論文が載ってる月刊誌みたいなものです。週刊少年ジャンプみたいな

*2:本当に涙ぐましい

*3:決して疲れたとかそんな理由ではありません