大輔は光宙(ぴかちゅう)よりも、結衣は音音(のんのん)よりも就職に有利? ①
こんにちは。今日から実証分析の紹介をしていこうと思います。
内容の面白さを優先して、手法的な部分は飛ばし飛ばしいきますので、どなたでも事前知識なしで読めると思います。*1
今回扱う論文は、「差別」に関するものです。 初回から重い…
みたいな気もしますが、分析のアプローチがぶっ飛んでいて面白く、また難しい手法も使っていないので最初に紹介することにしました。
実は、この記事のタイトルは日本でこの論文をレプリケーションするならこうなるだろうな、というだけで、論文で実際に扱われている内容は「アフリカンアメリカンは白人よりも就職において不利なんじゃね?」というものです。
独創的な手法を用い、米国における永遠のテーマたりうる問題を扱いながら、かつ明確に結果を出した大変優れた研究だと思います。
以下詳しい解説に入ります。拙い文章ですが、最後までご覧いただけると嬉しいです。
論文の概要
今回は
"Are Emily and Greg More Employable than Lakisha and Jamal? A Field Experiment on Labor Market Discrimination"
という論文です。日本語訳すると、
「エミリーやグレッグはラキーシャやハマルよりも採用されやすいか?」
みたいな感じです。
普段からアメリカ人と触れ合っているわけではないですがけど、エミリーとかグレッグなんていう名前はいかにもアメリカ人っていう感じに聞こえますね。
一方ラキーシャはどうでしょう?
なんだか色黒なラテン系のイメージが先行しませんか?少なくとも"WASP"*2のイメージは出てきません。
このように、「名前だけからその人物の民族、人種が想像できてしまう」というのが今回の論文の肝なのです。
ところで、
中高生の方々はまだ経験したことがないかもしれませんが、就活という通過儀礼にはいくつもの関門があります。
その第1の関門がエントリーシート、履歴書の提出というものです。
このエントリーシートには、志望動機にはじまり、自分の特技、強み、資格、経験などなどが、就活生によって地獄の思いで刻み込まれているわけです。
これは日本のみならず、世界どこでも事情は同じだそうで、私などはむしろ日本など甘っちょろい部類に入ると聞いて戦々恐々としているわけです。
さて、
そんな厳しい世界の中でも最も厳しいであろう国、アメリカとあっては、自分の履歴書がいかに輝かしいものであるかが、人生の分かれ道となっているわけであります。
これは今の時代、人種に関係なく広がった競争であるらしく、エミリーはラキーシャと、グレッグはハマルと一緒に、今日も24時間営業の図書館で寝る間も惜しんで勉強に励むわけです。
彼らを採用する、企業の採用担当者*3も当然スーパーエリートです。
地獄の競争を勝ち抜いてトップ企業に就職、花形の人事担当になって、初めてのお仕事です。
何千、何万通と送られてくる履歴書、エントリーシートを短期間で処理しなくてはなりません。これは日本でもそうであろうと思われますが、就活生の生みの苦しみを彼らは全く考慮しないでしょう。なんせすべて読んでいたら時間が圧倒的に足りないですからね。
それでも彼らは、誰が書類選考を通り、誰が落ちるのか、的確に決めなければなりません。採用は企業の明日を決定する仕事なわけで、彼らが優秀な人材を獲得できなければ会社に明日はないわけです。
こうして彼らは、短時間でできるだけ優秀な人材にアクセスしたいと考えるでしょう。怪しそうな奴らまで面接していたら時間もお金もない、という考えに行き着くのも至極まっとうなことです。
では、どうやって怪しい奴ら、使えなさそうな奴ら、を見分けるのか…
米国でもトップクラスの教育を受けてきた彼らは、当然レイシストではないでしょう。そんなことはあってはならないと私も思います。
しかし、このようなプレッシャーの中で、彼らの脳裏にかすかに浮かぶのは、
「白人は安全パイなんじゃないか」
みたいな考えなのではないでしょうか。
あるいは無意識下の行動であったかもしれません。
意識して選んだのではないのかもしれません。
しかし、数値として白人の方がアフリカンアメリカンよりも採用率が高ければ、それだけで「差別」が存在することになってしまうのです。
では、私たちが経済学者だったとして、この労働市場における人種差別の問題を研究したかったとしましょう。私たちは、単純に白人とアフリカンアメリカンの採用率を比べれば良いのでしょうか。
もちろんそう簡単ではありません。
今回の敵は、「採用活動において、高スキルのものを低スキルのものよりも優先的に採用するのは当然である」という事実です。
人種によって大学進学率、修士号の所得率、英語の流暢さ、等々のビジネスに直結するような要素に差があれば、採用率の差は、単なるスキルの高低に帰着するものかもしれないのです。
だからといって、「全く同じスキルを持ち、全く同じ経歴を持つけど、名前だけ異なる」なんて人はいないし、いたとしても少なすぎて分析できないよ…
といって、この研究を諦めるのがぱんぴー経済学者である私です。
一方、天才"MARIANNE BERTRAND"の発想はこうです。
「都合のいい人がいないなら、捏造すればいいじゃない」
ということで、ネット上から履歴書のサンプルを大量に入手彼女は、
5000通の偽の履歴書を作成し、
履歴書の内容が似通ったものにランダムで白人系の名前とアフリカンアメリカン系の名前を振り分け、
実際の募集広告に偽履歴書を応募し、
その選考突破率の差を測る
という作戦にでました。
初めてこの話を聞いたときは爆笑しました。
こんなことやっていいのかと。
まぁ、多分ダメです(笑)
卒論とかでこんなことやった暁には、日本の就活マーケットから排除されてしまうこと間違いなしでしょう。
しかし、経済学上の大義名文があればいいのです!彼女の勇気に敬意を表したいです。
ここまでやったならいい結果が出てもらわないと困る!
というわけですが、ちゃんと結果が出るわけですねぇ。そこがすごいですね。
ふぅ。
なんだか概要だけで長くなってしまいましたので、結果の紹介は次回にしたいと思います。
お付き合いいただきありがとうございました。
おわりに
ちょっと長くなってしまいました。
今回は論文の概要を説明しました。次回はこの壮大な実験の結果を中心に解説したいと思います。
ところで、経済学の実証論文では、毎回毎回必ずと言っていいほど出てくる、結果のレポート表が存在します。
次回はその見方も含めてお話ししようと思います。
長々と失礼いたしました。次回もまたご覧ください。